皆さんこんにちは。Rakuです。
・消費者余剰って、結局なにを表している面積なの?
・死荷重という言葉は聞くけど、何が「失われた」のかピンとこない
・税金は政府に入るだけなのに、なぜ「損失」が出るの?
そのような考えを持つ方多いと思います。
この記事では、市場の良し悪しを「金額で」測る道具を解説します。
使う道具はたった1つです。需要曲線の高さ=その1単位の価値。供給曲線の高さ=その1単位の費用。その差を足し合わせたものが、市場が生んだ価値の総量。あとはこれを繰り返し当てはめるだけ。
ぜひ最後まで読んでみてください!
需要曲線は「価値」を、供給曲線は「費用」を教えてくれる
これまで需要曲線は行動の事実でした。価格が上がれば人は買う量を減らす、という。
ここでそれが測定器に変わります。
- 需要曲線は限界便益の曲線:ある数量における高さは、買い手がその1単位に払ってもよい額。そして払ってもよい額は、その1単位から得られる便益そのもの
- 供給曲線は限界費用の曲線:ある数量における高さは、売り手がその1単位を作るのにかかる費用
需要曲線が右下がりなのは、限界効用逓減があるから。数量が増えるほど、追加1単位の価値が下がっていくからですね。
消費者余剰と生産者余剰
- 消費者余剰:需要曲線の下・価格線の上の面積。「払ってもよかった額」から「実際に払った額」を引いた、買い手の得
- 生産者余剰:供給曲線の上・価格線の下の面積。「受け取った額」から「かかった費用」を引いた、売り手の得
そして2つを合わせたものが社会的余剰(総余剰)。その市場が社会全体に生んだ価値の総量です。
覚え方は一度で足ります。
「曲線と価格線のあいだ」——需要曲線なら上が消費者、供給曲線なら下が生産者。
どちらも「得られた価値 − 支払った対価」という同じ形をしています。
効率性とは何か
ある数量が効率的であるのは、社会的な限界便益と社会的な限界費用が等しく、かつ総余剰が最大になっているときです。
競争的な市場の均衡は、ちょうどこの条件を満たします。だから「市場に任せれば効率的」と言われるわけですね。
そして効率的でない数量に着地することを市場の失敗と呼び、そこで生じる差が死荷重です。
総余剰 =(消費者余剰 + 生産者余剰)− 死荷重、という関係になります。
課税を測る:4つの面積を覚えれば終わり
ここがこの記事の山場です。1単位あたりの税をかけると、面積が4つに分かれます。
- 消費者余剰が減り、そのうち一部は政府へ移転される(消費者の税負担)
- 生産者余剰も減り、そのうち一部は政府へ移転される(生産者の税負担)
- 残りの2つの面積は、どこにも再登場しません。これが死荷重
会計の記述として読むと分かりやすいです。4つの面積が民間から出ていく。そのうち2つは政府収入として再登場する。残る2つは誰の手にも渡らない。
この週でいちばん大事な区別です。
移転は、誰かの手に渡る。死荷重は、誰の手にも渡らない。
死荷重は、なぜ「損失」なのか
死荷重の三角形は、取引されなくなった単位の上にちょうど乗っています。
そしてその単位について、買い手の限界便益は売り手の限界費用を上回っていました。つまりどれも、両者を得させたはずの取引だったんですね。それを課税が止めた。死荷重は、その失われた利益の合計です。
だから重要な帰結が出ます。
死荷重は、お金が民間から出ていったことによって生じるのではなく、数量が減ったことによって生じます。もし課税が数量をまったく変えずに税収を上げられるなら、死荷重はゼロ。移転だけになります。
帰着と死荷重は、別の問い
どちらも弾力性が答えますが、聞いている内容が違います。ここは混同しやすいところです。
| 帰着 | 死荷重 | |
|---|---|---|
| 問い | 誰が負担するか | 損失がどれだけ大きいか |
| 決めるもの | 相対的な弾力性 | 絶対的な弾力性 |
| 結論 | より非弾力的な側が多く払う | 両方の曲線が弾力的なほど大きい |
死荷重が弾力性で決まる理由も、先ほどの説明から直接出ます。弾力的なら課税で数量が大きく反応するので、多くの取引が止まって三角形が大きくなる。非弾力的なら数量がほとんど動かないので、三角形は小さい。
もうひとつ覚えておきたいのが、死荷重は税率とともに「比例以上に」増えるということ。税率を2倍にすると死荷重は2倍以上になります。三角形が縦(くさび)と横(失われた数量)の両方で同時に伸びるからです。
ラッファー曲線:税率を上げると税収は減ることがある
税収は税率 × 課税後の数量です。税率を上げると1単位あたりの収入は増えますが、同時に数量が縮みます。
- 低い税率では1単位あたりの増加が勝つ → 税収は上がる
- ある税率で2つの効果が釣り合う → 税収は最大
- それを超えると数量の減少が勝つ → 税収は下がる
税率100%なら取引量はゼロになり、税収もゼロ。だから税収はどこかで下がってこなければならず、必ず山型になります。これがラッファー曲線です。
この曲線が言っていないことに注意してください。
税収を最大にする税率が存在するとは言っていますが、それがどこにあるかは言っていません。特定の国がその先にいるという主張でもありません。
そして、税収を最大にするのが望ましいかどうかも言っていません——死荷重はそこまでずっと増え続けています。
貿易と関税も、同じ道具で測れる
自由貿易の分析も、面積を数えるだけです。
- 輸出:国内価格が上がるので、生産者が得をし、消費者が損をする。差し引きで総余剰は増える
- 輸入:国内価格が下がるので、消費者が得をし、生産者が損をする。やはり総余剰は増える
どちらの場合も勝者の得が敗者の損を上回るので、国全体としては貿易で豊かになります。ただし「誰かが損をする」ことは変わりません。貿易の政治が難しいのは、得が広く薄く、損が狭く濃く現れるからですね。
そして関税。輸入品に税をかけると、消費者余剰が大きく減ります。その減った分のうち——
- 一部は国内生産者へ移転される
- 一部は政府の税収になる
- 残りの2つの三角形が死荷重
構造がまったく同じだと気づくでしょうか。関税の図は、課税の図です。覚える道具が増えているわけではありません。
この結論に付いている条件
「市場は効率的」「自由貿易は総余剰を増やす」——ここまでの結論には、ひとつ大きな仮定が隠れています。
それは「私的な費用と便益が、社会的な費用と便益と一致している」という仮定です。買い手が感じる価値がそのまま社会の価値で、売り手がかける費用がそのまま社会の費用だ、という前提ですね。
この仮定が崩れると、誰も悪いことをしていないのに、自由な市場が間違った数量に着地します。それが次の記事のテーマです。
まとめ
- 需要曲線の高さ=価値、供給曲線の高さ=費用。この読み替えがすべての土台
- 消費者余剰は需要曲線の下・価格線の上、生産者余剰は供給曲線の上・価格線の下
- 移転は誰かの手に渡る。死荷重は誰の手にも渡らない
- 死荷重は取引が止まったから生じる。お金が出ていったからではない
- 帰着は相対的な弾力性、死荷重は絶対的な弾力性が決める。別の問い
「税金は取られるだけで消えてはいない」——実は半分正しくて、半分間違っています。政府に渡る分は消えていませんが、成立しなくなった取引の価値は本当に消えています。この区別が、税の議論をぐっと正確にしてくれます。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!


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