皆さんこんにちは。Rakuです。
・外部性って、公害の話でしょ? くらいの理解で止まっている
・環境税や排出権取引が、なぜ経済学的に正しいとされるのか知りたい
・誰も悪いことをしていないのに、結果が悪くなる仕組みを知りたい
そのような考えを持つ方多いと思います。
この記事では、外部性——市場がひとりでに間違った数量に着地してしまう仕組みを解説します。
ここで注目してほしいのは、何が起きていないかです。政府は介入していません。独占企業もいません。完全に自由で競争的な市場が、それでも間違った数量に着地します。全員が合理的に行動しているのに、です。
ぜひ最後まで読んでみてください!
出発点は「傍観者」
たばこの市場で考えてみます。
- 喫煙者は買い手、たばこ会社は売り手。この2者は市場の参加者です
- 一方傍観者は、その市場の買い手でも売り手でもない第三者。それなのに、喫煙者の行動によって厚生が影響を受けます
ここで一度立ち止まる価値があります。
これまで描いてきた需要曲線と供給曲線は、すべて「参加者」を記述しています。需要曲線は買い手が何を価値と見ているかを、供給曲線は売り手が受け取る必要のある額を報告している。
取引の外にいる人は、図のどこにも現れません。
外部性の定義
外部性とは、ある人の行動が、傍観者の厚生に及ぼす、補償されていない影響である。
- 正の外部性:取引の結果として、傍観者が享受する便益。例——隣人が庭をよく手入れしていると、あなたの家の価値が上がる
- 負の外部性:取引の結果として、傍観者に課される費用。例——向かいの屋台が、その一帯に害虫を呼び込む
定義の中でいちばん働いているのは「補償されていない」という言葉です。
もしその影響が価格を通して支払われているなら、それは外部性ではなく、ただの市場取引です。
影響が外部性になるのは、まさにそれが価格の外側に落ちているから。だから需要曲線にも供給曲線にも現れません。
市場が数量を間違えるのは、愚かさでも強欲でもなく、その情報が価格に入っていない——それだけです。
私的な曲線と、社会的な曲線
そこで、曲線を2種類に分けます。
- 私的限界費用:企業が実際に負担している費用(=供給曲線)
- 社会的限界費用:社会全体が負担している費用
- 私的限界便益:買い手が得ている便益(=需要曲線)
- 社会的限界便益:社会全体が得ている便益
外部性がなければ、私的なものと社会的なものは一致します。だから市場均衡が効率的になる。これが前の記事の隠れた前提でした。
4つの場合を、2つの問いから導く
外部性は「生産か消費か × 正か負か」で4通りあります。4つを暗記するのではなく、2つの問いから出してください。
- 問い①:どこで起きたか。生産で起きたなら費用の曲線が動く。消費で起きたなら便益の曲線が動く
- 問い②:傍観者にとって良いか悪いか。負なら社会的な曲線が社会にとって不利な向きへ(費用が上がる/便益が下がる)。正なら有利な向きへ
これだけで、図を描く前に結論が出ます。
負の外部性 → 市場はやりすぎる。社会の真の費用が市場の思うより高いので、最適点は市場均衡の左にあります。
正の外部性 → 市場はやらなすぎる。社会の真の便益が市場の思うより高いので、最適点は右にあります。
どちらの場合も死荷重が生じます。
具体例で確かめる
- 製鉄所の煙:生産で起きる負の外部性。周辺住民が健康被害を受ける。社会的費用>私的費用 → 作りすぎている
- 混雑した高速道路:消費(運転)で起きる負の外部性。1台増えるごとに他の全員の所要時間が延びる。社会的便益<私的便益 → 走りすぎている
- 予防接種:消費で起きる正の外部性。受けた本人だけでなく周囲の感染リスクも下がる。社会的便益>私的便益 → 受ける人が少なすぎる
- 研究開発:生産で起きる正の外部性。知識が他社にも波及する → 投資が少なすぎる
混雑の例が分かりやすいと思います。渋滞に加わる人は、誰も悪意を持っていません。自分にとっては、その道を通る便益が費用を上回っている。ただ「自分が1台増えることで、他の全員の時間が少しずつ奪われる」という費用だけが、その判断に入っていないんですね。
外部性への3つの対応
- 直接規制:排出量の上限を定める、禁止する
- 市場を使った政策:是正的な税と補助金、取引可能な排出許可証
- 民間部門の解決:当事者間の交渉、慈善、道徳規範
ピグー税:外部性を価格に押し込む
もっとも美しい解決がこれです。
ピグー税は、税額を最適な数量のところで測った外部費用に等しく設定します。すると外部費用が価格に組み込まれ——これを内部化と呼びます——市場がひとりでに最適な数量へ移動します。
そして、ここがこの分野でいちばん鮮やかな対比です。
| 効率的な市場への課税 | 負の外部性がある市場への課税 | |
|---|---|---|
| 出発点 | すでに最適な数量にいる | 最適な数量より多すぎる |
| 税の効果 | 数量を最適点より下げる | 数量を最適点まで下げる |
| 死荷重は | 生まれる | 消える |
同じ「1単位あたりの税」が、片方では損失を生み、もう片方では損失を消します。違いは出発点だけ。効率的な市場では、どんな税もそこから遠ざけることしかできませんが、すでに行きすぎている市場では、税が正しい位置へ押し戻してくれるわけですね。
環境税や炭素税が経済学者に支持されやすいのは、この理屈があるからです。「税は必ず非効率を生む」という一般論が、ここでは成り立ちません。
取引可能な排出許可証
もうひとつの市場型の解決が排出権取引です。
政府が排出の総量を決めて許可証を配り、企業間で売買できるようにします。すると削減費用が安い企業が多く削減し、高い企業は許可証を買うという形に落ち着きます。
結果として、決められた総量を、社会全体で最も安い方法で達成できます。これが一律規制より優れているとされる理由です。一律規制だと、削減が高くつく企業にも同じ削減を強いることになりますから。
この単元を貫く1つの文
外部性の話は、結局こういうことです。
全員が、目の前にある情報にもとづいて合理的に行動している。それなのに結果が非効率になる——目の前にある情報が不完全だからです。
だから解決策も「人を責める」形にはなりません。足りない情報を価格に入れてやる——それがピグー税であり、排出権取引です。
まとめ
- 外部性とは、傍観者への補償されていない影響。「補償されていない」が決定的
- 4つの場合は「生産か消費か」「正か負か」の2問で導ける
- 負ならやりすぎ、正ならやらなすぎ。どちらでも死荷重が出る
- ピグー税は外部費用を価格に内部化し、死荷重を消す
- 同じ税が、効率的な市場では損失を生み、外部性のある市場では損失を消す。違いは出発点
「環境問題は企業のモラルの問題だ」という語り方をよく見かけますが、経済学の見方はちょっと違います。費用が価格に入っていないだけ。入れてやれば、合理的な企業が自分から減らす。この視点は、政策を評価するときにかなり役に立ちます。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!


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