皆さんこんにちは。Rakuです。
・「過失があった」って、法律上はどう判断するの?
・注意義務は、どこまでの相手に負うの?
・因果関係の証明って、何をすればいいの?
そのような考えを持つ方多いと思います。
この記事では、不法行為法の中心である過失(ネグリジェンス)を解説します。
※ この記事が扱うのはマレーシアの法律(コモンロー)です。日本は大陸法系で前提が異なるため、同じ問題でも結論が変わります。日本の法律の解説としては読まないでください。
過失は4つの要素に分解できます。そして裁判では、この4つを順番に、すべて証明しなければなりません。1つでも欠ければ請求は通らない——この構造が分かると、事例問題の解き方が見えてきます。
ぜひ最後まで読んでみてください!
不法行為とは何か
不法行為とは、民事上の不法行為のこと。契約とは義務の出どころが違います。
| 契約 | 不法行為 | |
|---|---|---|
| 義務の出どころ | 当事者の合意 | 法が課す |
| 相手の範囲 | 合意した相手だけ | 見知らぬ相手にも及ぶ |
| 典型例 | 売買、雇用、賃貸借 | 過失、不法侵入、名誉毀損 |
民事と刑事の違いも押さえておきましょう。刑事は国家が訴追し、罰を科すもの。民事は当事者が訴え、損害の補償を求めるもの。同じ交通事故でも、両方が並行して進むことがあります。
過失の4要素
① 注意義務:隣人原則から3要件テストへ
出発点は、不法行為法でいちばん有名な判例です。
Donoghue v Stevenson (1932)
友人に買ってもらったジンジャービールを飲んだ女性が、瓶の底に腐敗したカタツムリの残骸を見つけ、体調を崩しました。
ここで問題が起きます。彼女は製造者とも店とも契約していません。買ったのは友人だからです。当時の考え方では、契約がなければ請求できませんでした。
貴族院はここで隣人原則を打ち出します。
あなたの隣人を害しうる作為・不作為を避けるために、合理的な注意を払わなければならない。隣人とは、自分の行為によって密接かつ直接に影響を受けると合理的に予見できる者である。
これで契約がなくても責任が生じうることになりました。近代の製造物責任は、ここから始まっています。
Caparo の3要件テスト
その後、隣人原則だけでは責任の範囲が広がりすぎることが分かり、Caparo Industries Plc v Dickman [1990] で3つの要件に整理されました。
- 損害の予見可能性——被告の行為から損害が生じることを予見できたか
- 当事者の近接性——両者のあいだに十分に近い関係があるか
- 義務を課すことが公正・正当・合理的であること
3つ目に注目してください。
これは法理というより政策の判断です。責任を認めた場合の社会的な帰結が手に負えなくなるなら、裁判所は義務の存在を否定できる、ということ。
裁判所が「際限のない責任」を避ける弁として、堂々と置いている要件です。
② 義務違反:求められる注意の水準
義務があるとして、どこまでやれば果たしたことになるのか。基準は「合理的な人ならどうしたか」です。
ここで大事なのは、この基準が客観的だということ。本人が精一杯やったかどうかは関係ありません。
初心者にも同じ水準が求められる
Nettleship v Weston [1971] が有名です。運転を習っていた人が事故を起こした事件で、裁判所は初心者にも、通常の合格した運転者と同じ水準を求めました。
厳しく見えますが、理由があります。被害者の側から見れば、相手が初心者かどうかで受ける損害は変わらないからです。基準を下げると、被害者の保護が運転者の習熟度に左右されてしまいます。
専門家には専門家の水準
逆に、専門職にはその分野の合理的な専門家の水準が求められます。医師なら医師の、会計士なら会計士の水準です。
基準を左右する要素としては、損害が起きる確率、起きたときの重大さ、予防にかかる費用、行為の社会的な有用性などが考慮されます。
③ 因果関係:2段階で考える
ここが事例問題でいちばん差がつくところです。因果関係は2段階に分かれます。
事実的因果関係:「あれなければこれなし」テスト
問いはシンプルです。「被告の過失がなかったとしたら、損害は生じなかったか」
このテストの働きを示す名判例が Barnett v Chelsea & Kensington Hospital [1968] です。
- 体調を崩した男性が病院に行ったが、医師が診察せずに帰した
- 男性はその後亡くなった。死因はヒ素中毒だった
- 裁判所は病院の義務違反を認めました。診察せずに帰したのは明らかに水準以下です
- しかし請求は退けられました
理由は、診察していたとしても救えなかったからです。ヒ素中毒は当時の医療では手遅れでした。
つまり「あれなければこれなし」を満たさない——過失はあったが、それが死を招いたわけではない。
義務違反があっても、因果関係がなければ責任は生じません。この判例はその一点を鮮やかに示しています。
法的因果関係:損害が遠すぎないか
事実として原因であっても、結果があまりに遠い場合には責任を負いません。
基準を示したのが The Wagon Mound [1961] です。港で船から油が流出し、離れた場所で溶接作業の火花により火災が起きた事件で、裁判所は「その種類の損害が合理的に予見可能だったか」を基準としました。
油による水面の汚染は予見できたが、水面の油が燃えることは予見できなかった——だから火災による損害については責任を負わない、という結論です。
ポイントは「損害の種類」で判断すること。程度や起き方の細部までは予見不要ですが、種類が違えば切れます。
④ 損害
最後は実際に損害が発生していること。過失があっても、何の損害も生じていなければ請求できません。
身体の傷害、財産の損壊が典型です。純粋な経済的損失(物理的な被害を伴わない金銭的損失)については、裁判所は慎重で、責任が認められる範囲は限られています。先ほどの「際限のない責任」への警戒が、ここでも働いているわけですね。
抗弁:被告の反論
4要素が揃っても、被告には反論の余地があります。
- 過失相殺:原告自身にも落ち度があった場合。責任が消えるのではなく、賠償額が減ります
- 危険の引受け:原告が自らリスクを知って受け入れていた場合。成立すれば責任は否定されます
- 違法性:原告自身が違法な行為に関与していた場合
1つ目と2つ目の違いが重要です。過失相殺は「部分的」な抗弁で、金額が減るだけ。危険の引受けは「全部」の抗弁で、請求そのものが立ちません。だから被告は危険の引受けを主張したがりますが、認められる要件は厳しくなっています。
事例問題の解き方
- 誰が誰を訴えるのかを確定する
- 注意義務があるか——予見可能性・近接性・公正さの3要件で検討
- 違反があるか——合理的な人なら(専門家なら専門家として)どうしたか
- 因果関係があるか——事実的因果関係と、損害の遠隔性の両方
- 損害があるか
- 抗弁は成り立つか
この順番を崩さないのがコツです。結論を先に決めて理由を後付けすると、必ずどこかが飛びます。
まとめ
- 不法行為の義務は法が課すもの。合意は要らない
- 過失は注意義務・違反・因果関係・損害の4要素。すべて必要
- 注意義務は隣人原則から始まり、3要件テストで絞られる
- 注意の水準は客観的。初心者にも同じ水準が求められる
- 因果関係は2段階。義務違反があっても、因果関係がなければ責任は生じない
Barnett の事件が印象的なのは、「明らかに悪いことをした被告が、それでも責任を負わない」という結論だからです。法律は「悪いかどうか」ではなく「その行為が損害を生んだか」を問う——この冷静さが、法的思考の核心だと思います。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!


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