皆さんこんにちは。Rakuです。
・「約因」って何のこと? なぜ必要なの?
・助けてもらったお礼にお金を払う約束は、法的に有効?
・ロールスロイスを1円で売る契約は成り立つの?
そのような考えを持つ方多いと思います。
この記事では、契約法の中核概念である約因(コンシダレーション)を解説します。
※ この記事が扱うのはマレーシアの法律です。条文は Contracts Act 1950(1950年契約法)を指します。日本法には約因という要件そのものがありません。
ここはマレーシア法と英国法がいちばん大きく分かれるところでもあります。同じ事実でも、国が変われば結論がひっくり返ります。その仕組みまで見ていきましょう。
ぜひ最後まで読んでみてください!
約因とは何か
ざっくり言えば「双方が何かを差し出していること」です。一方的な約束(贈与の約束など)は、原則として執行できません。
第2条(d)項の定義を分解すると、3つの仕掛けが見えてきます。
約因の3つの型
- 未履行の約因:これから与えられる、または履行されるもの
- 履行済みの約因:契約の時点で一方がすでに完了させたもの
- 過去の約因:行為が約束より前に完了していたもの
条文の「した/する/すると約束する」という3つの時制に、そのまま対応しています。3つの別概念ではなく条文の一文として覚えると軽くなります。
過去の約因:ここで英国法と分かれる
設例で考えてみましょう。
Aが川で溺れかけていた。通りかかったBが飛び込んでAを救助した。
その後、Aは命を救ってくれたお礼に5,000リンギットを渡すと約束した。
3日後、Aは気が変わった。執行可能な契約はあるだろうか?
事実を2つ切り出します。救助は約束より前に完了している(過去の約因)。そしてAはBに救助を頼んでいない。
英国法の原則:過去の約因は約因にならない
Re McArdle [1951] が代表例です。
- ある女性が、夫の亡父の家に内装と改良工事を施し、費用488ポンドを負担した
- その後、家の受益者たちが署名入りの書面で488ポンドを返すと約束した
- 控訴院は、工事はすべて約束より前のものであり、有効な約因ではないと判断
注目すべきは、その約束が書面で、署名もされていたことです。英国法では、それは約因とは無関係。だから救われませんでした。
英国法の例外:依頼があった場合
Lampleigh v Braithwait [1615] が例外を作りました。
- 殺人で死刑判決を受けた被告が、原告に国王からの恩赦を得るよう助力を依頼した
- 原告は尽力し、被告は恩赦を得た
- その後、被告は100ポンドを渡すと約束したが履行しなかった
- 裁判所は原告を勝たせた
「依頼」がすべてです。Re McArdle も Lampleigh も、支払いの約束より前に行為が完了している点では同じ。違いは被告が行為を求めたかどうかだけでした。
そしてこの「依頼」が、マレーシアの条文には「約束者の求めに応じて」という形でそのまま入っています。
マレーシアの立場:条文が受け皿を用意している
第26条が、約因がなくても有効になる3つの場合を定めています。
| 条項 | 内容 | 要件 |
|---|---|---|
| (a) | 親愛の情に基づく約束 | 近い関係の当事者間/書面/登記の制度があれば登記 |
| (b) | すでにしたことへの補償の約束 | 自発的に約束者のためにしたこと、または約束者が法的に強制されえたこと |
| (c) | 時効にかかった債務を支払う約束 | 書面/債務者本人または授権代理人の署名 |
先ほどの救助の設例に戻ると——Bは「すでに自発的にAのために何かをした者」であり、Aの約束はそれに対する補償の約束です。条文の文面上、まさに(b)が想定する場面ですね。
だから「過去の約因は約因にならない」と無限定に言うのは、マレーシアでは誤りです。
英国法の教科書やネットの解説をそのまま持ち込むと、結論を間違えます。
同じ Re McArdle の事実でも、マレーシアでは反対の結論になりうる——ここがこの単元の山場です。
ちなみに(b)の後半も見落とせません。「約束者が法的に強制されえたこと」を他人が代わりにした場合、それへの補償の約束も救われます。
約因は「十分」であればよく、「等価」である必要はない
冒頭の問いに答えます。ロールスロイスを塩胡椒セットと交換する契約は、有効です。
理由はこうです。
裁判所は取引の中身を審査しません。交換が公正かどうかは当事者の問題です。裁判所が問うのは「法的な価値のあるものが動いたかどうか」だけ。
塩胡椒セットにも価値はあります。だから十分。等価とは到底言えませんが、それは要件ではありません。
この原則は、裏を返せば「契約自由の原則」の表れです。不釣り合いな取引を裁判所が救わない代わりに、当事者が決めた条件には口を出さない——そういう建て付けになっています。
なお約因は金銭である必要もありません。モノでも、サービスでも、「しないでいること」でも構いません。
よく問われる論点
① 親愛の情は約因になるか
英国法では、なりません。「愛しているから財産をあげる」という約束は執行できません。
ところがマレーシアでは第26条(a)項があるので、近い関係の当事者間で、書面によってなされ(必要なら登記され)ていれば、拘束力を持ちうる。ここも英国法との分岐点です。
② 訴えないでおくことは約因になるか
なります。提訴する権利を持つ者が、それを行使しないと約束することは、法的な価値のある「しないでいること」だからです。
示談金が有効なのは、この理屈によります。
③ 公的な義務を果たすことは約因になるか
原則としてなりません。もともとやる義務があることを、改めて「やります」と言っても、何も新しく差し出していないからです。
ただし義務を超える行為なら別です。Glasbrook Bros v Glamorgan County Council [1925] では、炭鉱側の求めに応じて警察が通常の警備を超える人員を常駐させた事案で、その超過分が約因になるとされました。
④ 既存の契約上の義務を果たすことは約因になるか
これも原則としてなりません。
有名なのが Stilk v Myrick [1809] です。航海の途中で船員2名が脱走し、船長は残りの船員に「増えた仕事を分担してくれれば、脱走者の賃金を分配する」と約束しました。
裁判所はこの約束を執行しませんでした。船員たちはもともと、航海を完遂する契約上の義務を負っていたからです。新しく差し出したものがない、という理屈ですね。
この原則は、相手の窮状につけこんだ増額要求を防ぐという実務的な機能を持っています。
⑤ 債務の一部弁済で、残額は免除されるか
ここも英国法とマレーシア法が分かれます。
英国法では、原則として免除の約束は執行できません。債権者は後から残額を請求できます。一部を払うことは、もともとの義務の一部にすぎず、新しい約因がないからです。
一方マレーシアには、履行の免除について定めた条文があります。法律上、約因なしの免除が有効になる余地が用意されているわけですね。
マレーシア法と英国法が分かれる4点
| 論点 | 英国法 | マレーシア法 |
|---|---|---|
| 過去の約因 | 原則として無効 | 有効になりうる(第2条(d)項+第26条(b)項) |
| 親愛の情 | 約因にならない | 第26条(a)項で拘束力を持ちうる |
| 約因を出す者 | 被約束者から出る必要がある | 条文は「他の何人か」も認めている |
| 債務の一部弁済 | 残額免除は原則無効 | 免除に関する条文がある |
まとめ
- 約因とは「双方が何かを差し出していること」。一方的な約束は原則として執行できない
- 条文の定義には3つの仕掛け——求めに応じて/3つの時制/他の何人か
- 英国法では過去の約因は約因にならない。例外は依頼があった場合
- マレーシアでは第26条が3つの受け皿を用意している
- 約因は十分であればよく、等価である必要はない
約因の面白さは、「なぜ法はタダの約束を守らせないのか」という問いに行き着くところだと思います。裁判所の資源は有限で、すべての約束を執行することはできない——だから「双方が何かを賭けた約束」だけを選んで執行する。そういう線引きの装置なんですね。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました!


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